恩師からのメッセージ

》中村 宏(画家/東京造形大学客員教授)
》有吉 徹(美術家/東京造形大学学長)
》高橋淑人(東京造形大学 絵画専攻領域教授)
》母袋俊也(東京造形大学 絵画専攻領域教授)


中村 宏(画家/東京造形大学客員教授)

物語る絵画が眼の前にある。その画面の上には、物語るために選ばれた各種モチーフが乱舞して描かれる。具象を問わず、抽象を問わず。

絶筆《無題》は、ここにあってもはや遠のいてゆく過去を現代へ突出させつつ、見るものを柔らかく包み込む、もうひとつの “ 宗教画 ” の領域に達しているように見える。思いつめ、満たされぬままであったであろう自己救済の絵画は、今、見続ける私たちの思いの中で、翻って他者救済の図へと変貌してゆく。他者である私たちは絶筆《無題》に《救済》のタイトルを感じとらなければならないのかもしれない。このたびの訃報に接し、ただただ瞑目し、彼女への畏怖の念を深めてゆきたいと思うのは私だけではないと思う。

(作品集『ヒヤシンスと少年:谷口緑猫の軌跡』より抜粋)


有吉 徹(美術家/東京造形大学学長)

谷口友美が逝ってしまった。

学生時代の谷口は、一見おっとりとしているようでいて、実は潔かったように思う。一途であったと言い換えても良いかもしれないが、少し違うような気もする。絵を描くことに一途であったことは間違いないが、一方で谷口の眼差しは、何かもっと人間にとって大切な、深いところへ向けられていたように思う。

ユーモア(Humor)という言葉は、たんに面白さや可笑しさを意味しているのではなくて、人間が誰しも抱えている弱さや愚かさを優しく受入れ、それを肯定する態度を背景に持っている。人が持つ弱さを、「愚かだね、哀れだね」と肯定し笑いに換えるユーモアは、慈しみの感情にも似ている。
だからこそ、それは人間性(Humanity)にとって大切なものなのである。谷口のいずれの作品にも共通しているのは、このユーモアと人間性への優れた感性であり、自然に対する畏怖と人に対する慈しみの感情である。

優れた才能を持った、かけがえのない一人の若い画家を失ったことは、私たちにとって大きな損失である。しかし、谷口は私たちに多くの作品を遺してくれた。そしてその作品群は、私たちに深く語りかけている。私たちはその作品に目を凝らし、耳を傾け、人間性や豊かさとはどのようなものなのか、また絵を描くこととはどのようなことなのか、ゆっくり時間をかけて考えてみたいものである。

(作品集『ヒヤシンスと少年:谷口緑猫の軌跡』より抜粋)


高橋淑人(東京造形大学 絵画専攻領域教授)

谷口さん ほら・・・
《ワスレモノ》だよ

今回の事は余りにも衝撃で ずっと受け止めきれないままに時が流れています。
出来上がった作品集を観て中村先生や有吉さんの言葉に共感しながら、今少しずつ貴方を思い出しています。

卒業制作指導を僕が担当し、やはり最初に思い出すのは君の眼差しです。
ギリギリまで研ぎ澄まされて全てを見逃さない
その目は最後の最後まで貴方の作品に登場していましたね。
あのとき微力な私が意識して指導したかった事も、きっと貴方の無防備で素直すぎるアプローチを和らげる事。貴方が一息つける場所を持つ事でした。図の扱いを抽象的に転換して、より伝わり易くする事だけでした。
付け焼き刃でしかない事も承知して。

余りにも無垢過ぎて強烈な貴方の眼差しは《遊びをこえた空中遊戯》のようで、卒業した後もその眼差しはずっと続いていたのですね。でも『ヒヤシンスと少年』の時期には大きな救いと輝きを持って、あなたの作品は見事に純度を上げたと思います。

人間以外の世界を感じたのかな?自身の先に他者の鼓動を掴んだのかな?
この世の多くの命の営みと、自身の営みの中に共感をおぼえ、その喜びを確かなものとして分かち合えたのだと感じました。

そうですね 生き物は命を営む時には痛みに骨を軋ませながらも、その喜びを享受し、その痛みの先には 独り ではなく 何者かと共に喜びを享受する為の事だと察したのでしょう。

醜い悲しみも欲望も悪戯なまでの好奇心も、全てその為に費やされる出来事なのでしょうね。
貴方は初めて貴方以外の命に眼を向けた気さえします。

其れは想像力を軽々と超えた物語になって、観る人を《危険な空中遊戯》に誘い出し、自由自在に生きる喜びと、命の駆け引きを楽しませてくれる世界となり、それまでの世界の痛みの全てを一人で請け負った遊戯とは違い、この世の全てを享受する愛情と喜びと命に対する敬意で溢れているのだと思います。

表現する人 としての貴方はもっと彼方を目指して新しい領域にふみこんだのかな?二十代とは違い、この世の祈りの全てを請け負うかのように、またしても 自分自身の内側だけに眼差しを向けました。そこには人間しか登場してこなくなり、余りにも厳しい設定だったのか 或は、つい忘れ物をしてしまったのか判る術もありません。

もし神さまが居るのならば、神さまは世界の痛みの全てを人間になんか託しはしない事 そんな簡単な事をつい忘れてしまったのだと思います。そして今、貴方の忘れ物を

貴方が愛した人々
貴方を愛している人々が見つけだし 貴方に伝えようとしているのだと。

作品集にまとめ 遺作展を開き この世の痛みを《皆で分かち合う事》で、貴方に忘れ物を届けようとしているのだと。


母袋俊也(東京造形大学 絵画専攻領域教授)

【『ヒヤシンスと少年』】2016.4.7

先日、一昨年39歳でこの世を去った谷口緑猫(本名:谷口友美)の作品集『ヒヤシンスと少年』が届く。
画集は色彩と流れるような線にあふれている。その線と色彩は様々な形象を作り複雑に絡み合い、時に暴力的、時にセクシャルな、生の物語りを作っている様に観える。絶筆となってしまった作品が色彩を失ってしまっていることが心に刺さる。

作品集は、98年に造形大を卒業した同期の友人たちによって編纂され、指導教員であった有吉徹、中村宏のお二人がテクストを寄せている。
中村先生はそのテクストの中で、絶筆が自己救済のための絵画から、僕らへの、他者救済の絵画へと変貌していることを指摘している。

谷口さん、ありがとう。
そして実行委員の皆さんありがとう。
思えば、ミュージシャンUAは彼女に教えてもらった。様に思う。

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(ご自身のFacebookへの投稿より)